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大阪地方裁判所 昭和28年(モ)588号 判決

申請人 藤井弥三夫 外二名

被申請人 京阪神急行電鉄株式会社

主文

申請人等と被申請人間の、昭和二五年(ヨ)第一、九六二号仮処分申請事件について、当裁判所が昭和二八年三月一三日にした仮処分決定は、これを取り消す。

申請人等の本件仮処分の申請を却下する。

訴訟費用は申請人等の負担とする。

この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実

申請人等訴訟代理人の陳述は、次のとおりである。

第一、請求の趣旨。

「申請人等と被申請人間の、昭和二五年(ヨ)第一、九六二号仮処分申請事件について、当裁判所が昭和二八年三月一三日にした決定は、これを認可する。」との判決を求める。

第二、請求の原因。

一、申請人等は、いずれも被申請会社(以下会社という。)の従業員であり、同会社の従業員をもつて組織する京阪神急行電鉄労働組合(以下単に組合という。)の組合員である。

二、ところが、会社は、昭和二五年一〇月二一日、組合との間に開かれた「解雇に関する協議会」において、組合に対し、現在の国際情勢、国内情勢に鑑み、会社が重要な産業の一つであり、また公益性をもつ事業であることから、この際防衛態勢を整え、将来を確立するために、「破壊的言動をなし、或は他の従業員を煽動し、若しくは、徒に事端を繁くする等、法の権威を軽視し、業務秩序を紊り、業務の円滑な運営を阻害する非協力者又は事業の公益性に自覚を欠く者」(以下、これを本件解雇基準という。)に対し、同月三〇日を期限として自発的に退職するよう勧告すると共に、同日までに自発的に退職しない者は解雇する旨を申し入れた。

三、そして、会社は、同月二四日、申請人等に対し、「諸般の事情を考慮せられ、来る一〇月三〇日一六時迄に所属長に退職願を提出せられて、円満に辞職の形をとられます様お勧め致します。右の期限迄に退職願を提出せられない場合は止むを得ず、一〇月三一日附で本通告書を以て辞令にかえ、解雇いたしますから、御承知置き下さい。」との辞職勧告ならびに停止条件附解雇の通告(以下本件通告という。)をした。

四、申請人等は、会社側のいう理由がないので、退職の申出をしなかつたところ、会社は、申請人等を解雇したものとして就労を拒否し、同年一一月分以降の賃金を支払わない。

五、しかしながら、右解雇は、次に述べる理由によつて、無効である。

(一)  本件解雇は、申請人等が日本共産党員であることのみを理由とするものであり、信条を理由とする差別的取扱であり、日本国憲法第一四条、労働基準法第三条に違反し、公序良俗に反するものであるから、民法第九〇条により無効である。

(二)  本件解雇は、就業規則に違反し無効である。

1、本件解雇当時における会社の就業規則によれば、第七一条による通常解雇と、第六四条による懲戒解雇の二種類の規定がおかれている。前者は、従業員の身体的、精神的な条件や資質等、或いは会社側のみに生じた事由に基いて解雇を行う場合の規定であり、後者は、専ら従業員の責に帰すべき所為を事由とする解雇の規定である。

2、ところで、本件解雇基準をみると、申請人等の責に帰すべき所為を解雇の事由とするものと考えられるが、右事由は、就業規則第六四条の規定の範囲を逸脱するものであるから、仮に、申請人等に本件解雇基準に該当する所為があつたとしても(申請人等に本件解雇基準に該当する所為がないことは、後記のとおりである。)、そのことを理由とする本件解雇は、就業規則上の根拠に基かずにされたものである。

3、仮に、本件解雇基準が就業規則第六四条に該当するものであつたとしても、同条による懲戒解雇は、同規則第六五条により、賞罰委員会を開いて審議しなければならないものであり、そのうえ、賞罰委員会については、別に賞罰委員会規定が定められ、詳細な規定がおかれている。ところが、会社は、右手続を踏まなかつたから、本件解雇は、就業規則に違反して行われたものである。

4、このように、本件解雇は、会社が自ら設定した就業規則に違反して行われたものであり、無効である。

(三)  本件解雇は、具体的解雇理由を示しておらず、何等正当な事由がないのに行われたものであるから、無効である。

(四)  申請人等は、かつて、正当な争議行為以外に、「破壊的言動をなし、或は他の従業員を煽動し、若くは、徒に事端を繁く」したことはないし、「法の権威を軽視し、業務秩序を紊り、業務の円滑な運営を阻害する非協力者」でもないことを自認しており、「業務の公益性の自覚」に至つては、他の従業員に劣るものとは、思わない。従つて、申請人等には、本件解雇基準に該当する事由がなく、本件解雇は無効である。

(五)  申請人等は、別表記載のとおり、いずれも組合の役員の地位にあつたものであり、最も行動的な組合員として、常に組合の先頭に立ち、組合規約第二条に定める目的達成のために精力的に活動していたものである。ところが、本件解雇は、会社が申請人等の右組合活動を厭い、申請人等を企業から排除しようとして行われたものであり、労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為であるから無効である。

(六)  仮に、申請人等に本件解雇基準に該当する行為があつたとしても、本件解雇は、会社が就業規則をもつて自らの解雇を制限し、従業員の地位を保障している趣旨を逸脱するものであり、解雇権の濫用であるから無効である。

(七)  本件解雇は、労働協約に違反し無効である。

1、組合と会社との間の労働協約第二五条には、「会社は、組合員を解雇するには、第二章の手続に従い組合の同意を得て、これを行う。」と定められており、同協約第二章をみると、第八条には、「次の諸事項の実施については、予め協議会を開いて、協議決定しなければならない。」として「組合員の解雇(懲戒による解雇、依願解雇、停年を除く)」があげられており、第九条には、「協議会は、会社と組合各々十名の委員をもつて組織する。」と定められ、さらに、第一二条には、「協議会の議事につき協議を成立させるには、会社と組合と意見が一致することを要する。」と定められている。従つて、解雇について「組合の同意」があつたというためには、その同意が協約の右規定に基いて行われなければならず、しかも、「同意」の意味は、単に解雇基準に対する同意に止まらず、個々の対象者の解雇についての同意を含むものであることは規定の文言上明らかである。

2、そこで、本件解雇に関する組合と会社との間の協議会の経過をみてみると、先ず、昭和二五年一〇月二一日の第一回協議会において、会社は、前記のとおり本件解雇の趣旨および基準を明らかにし、組合より趣旨については了解するが、基準については白紙であるとの回答があり、さらに、会社より整理の具体的方法および処遇についての会社案が示された。次いで、同月二三日の第二回協議会において、組合は、被解雇者に対する退職金の額について不同意であるから、この点について再考を求めると述べ、会社は、該当者が三二名であることを明らかにし、組合の要求により、同月二四日に該当者の氏名を組合に通告する旨約した。越えて、同月二四日の第三回協議会において、会社は、該当者全員の名簿を組合に示し、組合は、同月三〇日までに回答する旨述べた。次いで、同月二七日の第四回協議会において、組合は、会社に対し、該当者に対する具体的な基準該当事実を、個別的に明示するよう強硬に要求したが、会社はこれを拒否した。最後に、同月三〇日の第五回協議会において、組合は、「今回の会社の措置に対しては白紙でゆく。」、「組合としては争わない。」との最終的回答をし、組合と会社との交渉は打切られた。

3、右のとおり、本件通告のされた同月二四日の時点までに、協議会において、会社が組合に示したものは、解雇の趣旨および基準ならびに被解雇者の員数のみであり、被解雇者の個人個人に対する解雇基準該当の事実は勿論のこと、その氏名すらも明らかにされず、しかも、組合はその解雇基準に対して白紙と回答したにすぎない。白紙とは、日本語における通常の用語上肯定でも否定でもないから、同意の趣旨でないことは明らかであるが、仮に、白紙の回答をもつて、同意の趣旨と認めたとしても、それは単に、解雇基準に対する同意にすぎず、個々の解雇に対する同意ではない。従つて、本件解雇は、解雇通告の事前に必要とされる組合の同意なしに行われたものである。

4、仮に、組合が個々の被解雇者に対する同意のないまま、あらかじめ、包括的に、本件通告を出すことを了承していたとしても、そのことのために、本件解雇が、組合の事前の同意に基いたものということはできない。けだし、前記の解雇に関する同意約款は、元来労働協約のいわゆる規範的部分に属するものであり、労働組合法第一六条によつて規範的な効力を有し、個々の労働者の労働契約の内容をなすものであるから、労働組合法第一四条の規定する手続によつて、その内容が変更せられない限り、たとえ労働協約締結の当事者である使用者と組合との間にこれと異なる意思の合致があつたとしても、それが変更せられることはないからである。従つて、組合の正式機関が右のような了解を与えたとしても、会社は、組合の同意なしに、解雇の通告をすることは許されない。

5、また、会社は、協議の全過程を通じて、被解雇者個人に対する解雇基準該当事実を組合に示さなかつたものであるが、前述のように、労働協約第二五条の「組合の同意」が、個々の対象者についての同意を意味するものである以上、会社としては、協議の過程において、組合が個々の対象者に関して、同意、不同意の意見を述べるに必要な、資料を提供する義務がある。しかるに、組合は、前述のとおり、各個人についての具体的事実を全く知らされなかつたのであるから、各個人についての解雇について同意、不同意の判断をすることはできなかつたものである。従つて、一〇月三〇日の第五回協議会における組合の「白紙」の回答をもつて、組合の同意があつたものということはできない。

6、仮に、第五回協議会における右回答によつて、個々の被解雇者に対する組合の同意があつたとしても、右協議会は、会社側四名、組合側三名の出席をもつて行われたものであり、協議会の構成について規定する前記労働協約第九条に違反することは明らかであるから、同協約第八条の「協議会を開いて、協議決定し」たものということはできない。

7、このように、本件解雇は、労働協約第二五条に違反するから無効である。

六、以上のとおり本件解雇は無効であるが、申請人等は、いずれも労働者であり、本案判決の確定までの間被解雇者として処遇されることによつて償うことのできない程重大な損害を受けることになる。よつて、申請人等は、地位保全および賃金支払の仮処分を求めた次第である。

第三、被申請人の主張に対する答弁および反論

一、被申請人は、本件解雇は、連合国最高司令官の一連の声明および書簡に基く命令指示によるものである。そして、右命令指示は、私鉄を含む一般重要産業にもおよぶものであり、超憲法的規範としての効力を有し、さらに、いわゆるエーミス談話もまた、右指示についての解釈の表示であつて、わが国の国家機関および国民に対し、最終的権威をもつていた旨主張するが、これら一連の声明および書簡は、一般重要産業に対して、いわゆるレツド・パージを命令指示するものでないことは、次に述べるとおり明らかであり、また、本件解雇は、会社の責任で、国内法に基いて行われたものであるから、日本国憲法その他の国内諸法令、企業内の労働協約、就業規則等に基いて、その効力を決せられなければならない。

(一)  元来、連合国最高司令官が特定の事項の実施を日本政府に要求する場合には、通常は正式に覚書(指令)の方式をとつていた。そして、また、一般的にはそれによつて日本政府を義務づけるにとどまり、直接日本国民の権利義務に介入するということは極めて異例のことであつた。勿論、形式上覚書の方式によらず、声明若しくは書簡という方式で、法律上のいわゆる指令をしている場合もあり、更に、このような方式のもとに直接国民の権利義務に介入した場合もあつたことは事実である。しかしながら、連合国最高司令官の声明、書簡のうちから直接に、このような規範的性格のものを認めることについては、きわめて慎重でなければならず、むしろ、制限的に解すべきで、簡単にこれを推論したり、或いは拡張したりすべきものではない。

(二)  このような態度で連合国最高司令官の発した声明および書簡をみると、先ず、昭和二五年五月三日の声明は、その時期における共産主義運動に対する日本国民の心構えについて警告し、これをいかに国内的に処理すべきであるかということが問題であると指摘しているに過ぎず、同年六月六日付の書簡は、日本共産党の中央委員全員の公職からの追放を指令するもので、当時の共産党指導者の従来の指導方針に対して鋭い批判を行つてはいるが、この書簡は、法律上共産党の否定を意味するものではなく、この中で共産党員およびその同調者の追放ということが、法規範として設定されていると解する余地はない。そして、同月七日付の書簡は、共産党機関紙の編集担当責任者数名の追放を指令するもので、この措置は、アカハタが共産党機関紙であるためにとられたものでなく、アカハタが「共産党内の最も過激な無法分子の代弁者の役割をしている」という評価の下にとられたものであることは明らかであり、同月二六日付の書簡は、前記六月七日付の書簡以後においてもなおアカハタが、「反省なく朝鮮事件につき虚偽報道をなし、日本の政党の合法的機関でなく、国外の破壊的勢力の道具」となつているという理由で、アカハタの三〇日間の発行停止を指令したもので、それは依然として、共産党の機関紙であることから当然にとられた措置ではない。最後に、同年七月一八日付書簡は、「虚偽、煽動的、破壊的な共産主義者が自由を抑圧する目的で宣伝を播布するため、公的報道機関を自由且つ無制限に使用することは、新聞の自由の概念の濫用である」とし、「彼等が無秩序への煽動を続ける限り、公的報道機関の自由を使用させることは公共の利益のため、拒否されねばならない」と説き、具体的には、アカハタの発行停止を無期限にし、その措置がアカハタの後継紙および同類紙についても同様にとられるよう指令したもので、この書簡で述べられている、破壊的な共産主義者が無秩序へのせん動を続ける限り、公的報道機関を自由に使用することは拒否されなければならないという指摘は、アカハタおよび同類紙に対する措置を引き出すための一般的な説示であり、直ちにこうした一般的な法規範を設定したものと速断しうるものではなく、一般的に、共産主義者に公共的報道機関を利用させてはならないという趣旨の法規範、若しくは、共産党員および同調者を報道機関において使用してはならないというような法規範が設定されたものと推論しうるものではない。まして、これらの声明および書簡から、わが国の一般重要産業から共産党員およびその同調者を排除すべき旨の法規範の設定があつたと解する余地は全くない。

(三)  すなわち、右一連の声明や書簡を通じてみると、当時の共産主義運動に対して鋭い批判が加えられているにもかかわらず、指令としては、共産党自体を一般的に否定するという方式をとらず、また、共産党の正式な機関紙そのものを一般的に否定するという方式をとらず、当面の行き過ぎを是正するために、共産党中央委員やアカハタ編集責任者の追放という順序を経ながら、遂にアカハタおよびその後継紙、同類紙の無期限発行停止を指令するというように、常に具体的に、且つ慎重な配慮の下に行われているのである。なる程、右一連の声明および書簡を通じて、連合国総司令部が、共産党ないし共産主義運動に対して否定的見解を示しており、それがその当時における総司令部の政策であつたことはうかがわれるけれども、それは法律的には、政治的な政策であるにすぎず、これに順応した政治のあり方を忠告しているものと解すべきである。

(四)  1、最高裁判所がいわゆる中外製薬事件(昭和二九年(ク)第二二三号)(以下単に中外製薬事件という。)の決定において、被申請人の主張するような判示をしていることは認める。

2、しかしながら、当時、連合国総司令部の担当者や政府がとつた態度を総合すると、いわゆるレツド・パージが連合国最高司令官の指示命令に基いたものではなく、経営者において、企業防衛の見地から、自らの責任において自主的にこれを実施したものであることが明らかである。従つて、連合国総司令部より最高裁判所に対して、右事件の決定における判示のような解釈指示があつたものとは考えられない。

3、仮に、当時そのような解釈指示があつたとすれば、同種事件が多数係属していた全国の各下級裁判所に伝達されるべきであるにもかかわらず、これが伝達されたという形跡が全くないばかりでなく、最高裁判所自身同種事件の裁判において、この解釈指示に全く触れなかつたということは、日紡貝塚工場事件の第三小法廷判決(昭和三〇年一一月二三日言渡、民集九巻一二号一七九三頁以下)をみても明らかであり、このことはそのような解釈指示が、当時存在しなかつたことを示すものというべきである。

4、さらに、この解釈指示について、「裁判所に顕著」であると判示しているが「裁判所に顕著」であると言い得るためには、合議体の過半数の裁判官がそのことについて明確な記憶を有することが必要である。ところが中外製薬事件の裁判に関与した一四名の最高裁判所裁判官のうち、入江俊郎、池田克、垂水克已、河村大助、奥野健一、高橋潔、高木常七、石坂修一の八裁判官は、いずれも講和条約発効の日である昭和二七年四月二八日以降の任命にかかるものである。最高裁判所に対する解釈指示が、講和条約発効の後にされるというようなことはあり得ないことであるから、その後に任命された八裁判官が最高裁判所裁判官として職務上直接指示を受けるということはなかつたはずである。従つて、たとい右のような解釈指示があつたとしても、少くとも右八裁判官は、書類なり、口頭なりによつて間接にこれを認識する他はなかつたものであり、このような場合に「裁判所に顕著」であるという取扱いをすることは訴訟法上許されないことである。

5、連合国最高司令官の解釈指示は、「何レカノ訓令ノ意義ニ関シ疑義発生スルトキハ発令官憲ノ解釈ヲ以テ最終ノモノトス」と規定されていた昭和二〇年九月三日の連合国最高司令官指令第二号第四項に基くものであるが、前記のとおり、連合国最高司令官の発した一連の声明および書簡の内容は、少くとも報道機関以外の一般重要産業から、共産党員又はその同調者を排除するよう指示した法規範を設定したものとは解せられず、このような場合に、およそ合理的に解釈しうる範囲を超えて解釈を行うことは、たとい連合国最高司令官であつてもできないものであり、仮に、それが可能であつたとしても、それはもはや単なる解釈ではなく、新たな命令指示というべきであり、一般の命令指示と同様に、公表されなければならないことは当然である。最高裁判所に対する前記の解釈指示が、一般国民に公表されていないことは勿論のこと、下級裁判所に対する伝達さえも行われていない以上、仮に、右解釈指示が存在したとしても、これが一般私人を拘束するものでもなければ、下級裁判所を拘束するものでもない。

6、このように、いずれにしても、中外製薬事件の決定にいう解釈指示を基礎にして、本件解雇に対し、日本国憲法その他の国内諸法令等の効力がおよばないということはできない。

二、仮に、連合国最高司令官の一連の声明および書簡が、私鉄を含む一般重要産業におけるいわゆるレツド・パージを命令指示するものであつたとしても、その命令指示は、次に述べる理由によつて無効であるから、本件解雇は、日本国憲法その他の国内諸法令、企業内の労働協約、就業規則等に基いて、その効力を決せられなければならない。

(一)  一般に占領軍の権限と機能は、一九〇七年ハーグ平和会議で採択された「陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則」(以下単にハーグ陸戦条規という。)第三款「敵国ノ領土ニ於ケル軍ノ権力」(第四二条ないし第五六条)に規定されている。すなわち、ハーグ陸戦条規第四三条は、「国ノ権力カ事実上占領者ノ手ニ移リタル上ハ占領者ハ絶対的ノ支障ナキ限占領地ノ現行法律ヲ尊重シテ成ルヘク公共ノ秩序及生活ヲ回復確保スル為施シ得ヘキ一切ノ手段ヲ尽スヘシ」と定めており、占領軍は、占領地の治安維持の必要および占領軍の軍事上の必要がない限り、被占領国の現行法令をその占領期間中維持すべきものとされ、その反面、右の必要がある場合には、被占領国の国内法を改廃することができる権限があるものと解されているのであつて、占領軍が右条規に基いて設定した法規および被占領国の法に加えた修正は、被占領国の憲法に反するものであつても占領期間中その効力をもつとされている。ところが、連合国の日本占領については、ポツダム宣言と降伏文書を無視することはできない。日本政府によるポツダム宣言の受諾と降伏文書の調印は、連合国の日本占領の直接的な法的根拠だからである。いわば、ハーグ陸戦条規は、占領という事実に向けられた一般国際法規であり、ポツダム宣言および降伏文書は連合国による日本占領に向けられた特別国際法規であつたのである。従つて、日本占領の実施権限を掌握していた連合国最高司令官といえども、このような占領法規に拘束されることはいうまでもないのであり、わが国の裁判所が連合国最高司令官の発した命令指示等の適法性を審査しうる権限を有することは当然である。

(二)  そこで、右占領法規に照らして、前記の命令指示の効力を検討すると、連合国の日本占領の基本原則を定めるポツダム宣言は、軍国主義の除去と民主主義の確立、平和経済の維持とを、最も重要な第一次的原則として挙げている。そして、このうち、右命令指示に関係する部分は、民主主義の確立という原則であることはいうまでもない。ポツダム宣言第一〇項の後段には、「日本国政府ハ日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙ヲ除去スベシ言論、宗教及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルベシ」と定められ、同第一二項には、「日本国民ノ自由ニ表明セル意思ニ従ヒ、平和的傾向ヲ有シ且責任アル政府ガ樹立セラルルニ於テハ聯合国ノ占領軍ハ直ニ日本国ヨリ撤収セラルベシ」と定められ、また、昭和二〇年九月二二日発せられた「降伏後における米国の初期の対日方針」にも、その第一部「究極の目的」の達成の為の主要手段を示すC項で「日本国民は個人の自由並に基本的人権の尊重特に信教集会言論出版の自由に対する欲求を増大するよう奨励せらるべき」であるとされているのである。ところが、前記の命令指示は、「共産党員又はその支持者」を差別的に取扱うものであり、思想信条の自由を侵害する内容をもつものであることは明らかであり、ポツダム宣言等に定められた、前記基本原則を逸脱するものである。

(三)  そして、右結論は、昭和二〇年に成立した、国際連合憲章に示された基本的人権保障の規定(前文第二項、第一条第三項、第一三条第一項b、第五五条c等)や昭和二三年に採択された人権に関する世界宣言によつて明らかにされた人権保障の精神とも完全に一致するものであり、さらに、戦闘の継続を前提とするハーグ陸戦条規第四三条が、前記のように絶対的支障のない限り、被占領国の法規を尊重するよう定めている趣旨に照しても、軍事的理由による必要の存在しない本件の場合、たとい占領軍が被占領国民に臨む場合であるからといつて、基本的人権尊重の原則がみだりに無視されてよいという理由はない。

(四)  このように、前記命令指示は、ポツダム宣言その他の占領法規および国際連合憲章、人権に関する世界宣言等確立された国際法規に違反するものであるから、無効である。

三、被申請人の主張する本件解雇基準該当事実(第二の三の(二)の2の事実)に対する認否および反論。

(一)  被申請人が本件解雇基準に該当する事実として主張する事実のうち、申請人等の組合活動に関する事実および一般的懲戒事由となる事実は、次に述べるとおり、いずれも本件解雇基準に該当するものではないから、事実の存否を判断するまでもなく、それらの事実を理由とする解雇は許されない。

1、組合活動に関する事実について、

申請人藤井および同日角についての(ロ)、(ハ)の各事実ならびに申請人西川についての(ロ)、(ニ)、(ト)、(チ)の各事実は、いずれも申請人等の正当なる組合活動であり、本件解雇基準に該当するものではない。

2、一般的な懲戒事由となる事実について、

申請人西川についての(ハ)、(ホ)、(ヘ)、(リ)の各事実は、いずれも業務の通常の過程においてあらわれたところの好ましくない行為であり、労働協約第四章附属賞罰準則第五条の各号に列挙された懲戒事由に該当するものとして、懲戒処分の対象とせられる行為である(しかも、右事実は、いずれも軽微な事実であり、行為当時不問に附されたものである。)。従つて、右各事実が企業を防衛するため、日常のいわゆる勤務成績の評価とは全く異つた視点において設定せられたと解せられる本件解雇基準に該当しないことは明らかである。

(二)  被申請人の主張する本件解雇基準該当事実に対する認否。

1、申請人藤井および同日角について、

(1) 申請人藤井および同日角が、いずれも日本共産党員であり、被申請人主張の細胞に所属していたこと、被申請人主張のように、組合の役員であつたこと、新京阪正雀細胞が機関紙「新京阪」、「斗争資料」を編集し、発行していたことならびに運転技術審査会の実施について、当初、組合の支部執行部が会社に対し了解を与えていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(2) 被申請人主張の機関紙は、その細胞が基礎とする企業における具体的要求を取り上げ、要求の本質を政治的に明らかにし、その実現の方向を示す等して日本共産党の主義主張を宣明する目的で、細胞員から選出された編集委員会によつて、編集発行されたものである。そして、それはすべて真実を基礎として、特定の読者に対し有料で配布するのが原則である。従つて、被申請人が主張するような態様で、申請人藤井および同日角が機関紙の編集、配布に関与し、無根の事実をねつ造流布したことはない。

(3) 組合の中央委員であつた申請人藤井と組合の青年部代議員であつた申請人日角の両名が、職場懇談会において従業員の意向をとりまとめ、会社側に対し、車掌の車内告知用語の改正の実施反対の意向のあることを申し入れたのは、組合役員として当然の任務を遂行したにすぎず、故意に会社の業務の運営を阻害したものではない。

(4) また、申請人藤井および同日角は、運転技術審査会は技術向上の美名の下に従業員の労働を強化しようとするものであるとの観点に立ち、その実施に反対しようとする動きの中で、組合役員として、組合活動の一端として、その反対運動を行つたものであり、故意に会社の業務の運営を阻害したものではない。

2、申請人西川について、

(1) 申請人西川が日本共産党員であること、正雀細胞の機関紙「新京阪」(乙第五号証の四二)に「西川発」と記載されている記事の原稿を送つたこと、および会社に対し、結婚資金の増額問題等について交渉を求めたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(2) 申請人西川は、組合の職場役員として、組合員の勤務の条件に関して職制に申し入れをしたものであり、また、結婚資金増額問題等については、組合青年部の決定に基いて同僚の青年部員等と共に交渉を求めたものであつて、殊更に「事端を繁く」するために行つたものではない。

(三)  なお、被申請人は、申請人等がアジビラを配布したとし、これらの行為が本件解雇基準に該当する事実であると主張するが、言論、出版の自由は民主国家を形成するための最も重要な基本的人権の一つであり、わが国においても憲法第二一条においてその保障が定められている。このような言論出版の自由に対する制限は、当該言論、出版によつて、社会、公共の安全、福祉に対する「明白且つ現在の危険」が生じている場合に限つて行われるべきものであり、被申請人の右主張を論じるについても、この点を無視することはできない。しかも、被申請人がアジビラと称する文書は、いずれも合法政党である日本共産党の機関紙であり、いわゆるアジビラとは性格を異にする政治的出版物であるが、民主国家においては、右のような政治的出版物は高度の評価を受け、一般の出版物よりもより厚くその自由が保障されるべきものである。このような観点に立つて、右文書を全体的、客観的にみた場合、それが会社の業務の運営に対し、「明白且つ現在の危険」を有するものであるということはできない。従つて、申請人等が右文書を配布したからといつて、解雇の正当な事由とはなりえない。

四、申請人藤井が鋸の目立等を業としていることおよび茨木市議会議員補欠選挙に立候補したことは認める。しかし、右鋸の目立等による収入は、一ケ月僅かに金三〇〇〇円程度であり、他に後援者より受ける月々金一〇〇〇円程度の走り使い代によつて、辛うじて老母および親戚の老人一人を抱える生活を維持しているものであり、また、右立候補は、後援者のカンパ金によつて行われたものであり、十分の資力を有するものではない。

第四、疏明の提出ならびに認否〈省略〉

被申請人訴訟代理人の陳述は、次のとおりである。

第一、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

第二、被申請人の答弁と主張

一、請求原因一ないし三の事実は認める。

二、請求原因五の事実のうち、(一)、(二)の3、(三)、(四)、(五)、(六)および(七)の3、4の各事実は否認するが、(七)の2の事実は認める(但し、協議会の経過については(七)の2の事実の外に後記のような事実がある。)。

三、本件解雇は、次に述べるとおり何等瑕疵のないものであり、これが無効であると主張する申請人等の主張は、いずれも理由がなく、申請人等は、本件仮処分についての被保全権利を欠くものである。

(一)  本件解雇は、超憲法的法規範に基く解雇であり、有効である。

1、連合国最高司令官は、昭和二五年五月三日の声明において、日本共産党が「合法の仮面をかなぐり捨て、それに代つて公然と国際的略奪勢力の手先となり、外国の権力政策、帝国主義的目的および破壊的宣伝を遂行する役割を引受け」、「公然と国外からの支配に屈服し、かつ人心をまどわし、人心を強圧するための虚偽と悪意にみちた煽動的宣伝を展開」することを強く非難し、同年六月六日付吉田総理大臣宛書簡において、日本の民主主義的再建のために、日本共産党中央委員二四名全員を公職から追放するよう指令し、同月七日付同書簡において、日本共産党機関紙アカハタが共産党内部の最も過激な不法分子の代弁者の役割を演じて来たとして、同紙の主導者一七名を追放するよう指令し、同月二六日付同書簡において、アカハタが依然せん動的行動を続けているとして、同紙の発行を三〇日間停止するよう指令し、次いで、同年七月一八日付同書簡において、「日本共産党が公然と連繋している国際勢力は民主主義社会における平和の維持と法の支配の尊厳に対して更に陰険な脅威を与えるに至り」、「かかる情勢下においては日本においてこれを信奉する少数者がかかる目的のために宣伝を播布するため公的報道機関を自由且つ無制限に使用することは新聞の自由の概念の悪用であり、これを許すことは公的責任に忠実な自由な日本国民の報道機関の大部分のものを危険に陥れ、且つ一般国民の福祉を危くするものであることが明らかとなつた。現在自由な世界の諸力を結集しつつある偉大な国においては総ての分野のものはこれに伴う責任を分担し、且つ誠実に遂行しなければならない。かかる責任の中、公共的報道機関が担う責任程大きなものはない。」と述べ、アカハタおよびその後継紙ならびにその同類紙の発行を無期限に停止するよう指令した。

2、次いで、同年九月二六日、連合国総司令部エーミス労働課長は、私鉄経営者協会、私鉄労働組合総連合会(以下単に私鉄総連という。)その他の労使代表を招いて、私鉄企業よりトラブルメーカーおよびその同調者を排除するよう勧告した。

3、連合国最高司令官の前記一連の声明および書簡は、共産党員又はその同調者から攻撃的、破壊的活動家を排除することを命令指示するものであり、その範囲は私鉄を含む一般重要産業にもおよぶものである。そして、その命令指示に対しては、わが国の国家機関および国民は、誠実且つ迅速に服従する義務を負わされ、わが国の法令は、右指示に抵觝する限りにおいて、その適用を排除されるばかりか、前記のいわるエーミス談話もまた、連合国最高司令官の指示についての解釈の表示であつて、わが国の国家機関および国民に対し、最終的権威を持つていたものである。

4、最高裁判所は、右と同趣旨の観点から、中外製薬事件の決定(昭和三五年四月一八日、大法廷決定)において、「連合国総司令官の指示が、ただ単に『公共的報道機関』についてのみなされたものではなく、『その他の重要産業』をも含めてなされたものであることは、当時同司令官から発せられた原審挙示の屡次の声明及び書簡の趣旨に明らかであるばかりでなく、そのように解すべきである旨の指示が、当時当裁判所に対しなされたことは当法廷に顕著な事実である。」と判示し、さらに、いわゆる北陸鉄道事件(昭和三六年(オ)第二一八号)(以下単に北陸鉄道事件という。)の判決(昭和三七年二月一五日、第一小法廷判決)において、「エーミス労働課長の談話は、連合国最高司令官の指示についての解釈の表示であつて、そのような解釈の表示も、当時においては、わが国の国家機関および国民に対し、最終的権威を持つていたものと解すべきものであることは、当裁判所の判例の趣旨とするところである。」と判示し、昭和二七年四月二日の大法廷決定および右中外製薬事件の決定を引用している。従つて、当時、同裁判所に対して、そのような解釈指示があつたことは明らかであり、前記一連の声明および書簡ならびにいわゆるエーミス談話は、前記の趣旨に解されるべきである。

5、本件解雇は、連合国最高司令官の右命令指示に基いて行われたものであり、申請人等には後記のとおり本件解雇基準に該当する事実があり、いずれも右命令指示による排除の対象にあたる者であるから、日本国憲法その他の国内諸法令、企業内の労働協約、就業規則等違反の有無を論ずるまでもなく、有効である。

(二)  仮に、本件解雇が日本国憲法以下の国内諸法令およびこれに基く労働協約、就業規則等の適用を受けるものであつたとしても、本件解雇は、次に述べる理由によつて、何等国内諸法令等に抵触するものではなく、有効である。

1、会社は、京都、大阪、神戸等を結ぶ路線において電鉄事業を営む株式会社であるが、電鉄事業は、我国産業の再建興隆、民生の向上、民心の安定、治安の確保に欠くことのできない基幹産業であり、旅客の生命、身体、財産を預り輸送する高度の公益事業であつて、電鉄事業の運営如何は、産業全般に密接な関係があり、社会公共の福祉におよぼす影響は極めて重大である。

2、ところが、会社の従業員で、日本共産党員に属する者のうちには、右のような企業の公共性に対する自覚を欠き、攻撃的破壊的な言動で、絶えず会社に脅威を与えている者があつたが、申請人等もそのうちの一人であつた。すなわち、申請人藤井および同日角は、いずれも日本共産党新京阪正雀細胞の構成員であり、会社内の各細胞の連絡機関である京阪神急行電鉄細胞集団を結成し、申請人西川は、常に右正雀細胞事務所に出入りして、申請人藤井および同日角等共産党員と密接な連絡をとつていたものであるが、昭和二四年春頃より本件解雇に至るまで、京阪神急行電鉄細胞集団の名の下に、「独裁王小林の魔手二社分割に断乎反対せよ。」、「分離?車輛の荒廃、労働強化、賃下げ、会社の陰謀と斗え!!」、「彼等は荒廃した線路、車輛を見向きもせず、労働者の生活を犠牲にすることのみに奔走し、梅田、西宮のうまい汁を吸おうとしている!!」、「職場で会社をしめ上げろ!!徹夜でへたりこめ!!」、「首を切られるのも労働強化を押しつけるのも安い賃金でこき使われるのも皆我々の組合員だ。しかもそれを強行しようとする政策が日本の植民地化を日本の軍事基地化を狙つているのだ。」、「基準外拒否斗争はまさにこの京阪神の軍事基地化、植民地化に反対して斗う英雄的な斗である。」等とビラに記載し、職場、事業場内で一般従業員に配布していた。右事実は、無根の事実をねつ造して、会社の施策方針をことごとに曲解ひぼうし、従業員をせん動して問題の平和的解決を阻害し、破壊的行動を示唆するなど従業員に不安動揺を与え、会社の業務の運営を阻害しようとしているものであり、また、労働条件の改善などにかこつけて組合ないし組合員をせん動し、場合によつては社内的問題を自己の政治目的の中に引きずり込み、細胞の意思どおりに働かない組合幹部をもひぼうしてい縮させるものであり、いずれも正当な組合活動ないしは思想、言論の自由を逸脱し、従業員をせん動、動揺させて業務秩序をみだし、業務の円滑な運営を阻害する非協力的、破壊的行為として、本件解雇基準に該当するものであるが、申請人等には右事実の外に、それぞれ次に述べるような本件解雇基準に該当する事実があつた。

(1) 申請人藤井および同日角について、

申請人藤井および同日角は、当時会社京都線運転課車掌であり、組合京都運輸支部の職場委員であつたが、(イ)、正雀細胞又は新京阪細胞の名において、アジビラである「新京阪」、「斗争資料」等の機関紙を編集し、「キオツケ右へならえ式の教育はもういやです―運転技術審査会競技会反対斗争」、「俺達を会社の都合のよいように教育し、しばりつけ、斗争意欲をにぶらし、首切で七%の要求を押えつけ、俺達をもう一度昔のような働くだけの動物にするための手段なのだ!」、「首を切られるのも、労働強化を押しつけられるのも、安い賃金でコキ使われるのも、みんな我々組合員だ、しかもそれを強行しようとする政策が日本の植民地化を阻つている。」、「此れ以上の交渉を進めることはむだだ。強力な実力行動以外に何ものもない。」等無根の事実をねつ造して会社の施策方針をことごとに曲解ひぼうし、上長ないし会社職制の人格を中傷し、不平不満をあおり立て、勤労意欲を低下させ、問題の平和的解決を阻害し、社内問題を殊更政治問題と結合させて従業員を自己の政治目的の中に引ずり込む記事を記載し、これを職場事業場内で一般従業員に配布し、(ロ)、会社が、組合の了解の下に、昭和二四年一〇月一五日から採用し、実施していた、車掌の車内告知用語の改正について、その主謀者となつて反対運動を起し、同月二二日、正雀乗務員寝室において職場大会を開催し、会社の紀戸列車係長の説明を聞き入れず、反対決議をして、その実施を同年一一月三日まで延引させ、(ハ)、昭和二五年一月、運転技術審査会の実施に際し、運転士川谷某と共に主謀者となり、アジビラを乗務員休憩室に貼り、会社側の説明会と同日、同時刻、同場所で反対職場大会を開催する旨のビラを掲出し、前記紀戸係長より、場所又は日時を変更するよう要求されたにもかかわらず、これを拒否して職場大会を強行し、会社側の説明会を著しく妨害した。そのため右運転技術審査会は、前記(イ)記載のビラによる妨害もあつて、他の神戸線、宝塚線では既に実施されていたにもかかわらず、独り京都線だけは、同年二月一五日実施の予定が、同年三月一〇日まで遅延した。元来、車内告知用語は、会社の労務指揮権の下にあり、会社が当然しなければならない業務行為であり、旧京阪線の分離に伴い旧阪急線の様式を採用しようという問題のないものであつて、既に大半実施されていたものである。また、運転技術審査会は、陸運局の要請もあり、運転事故の防止等運転の安全のために行われるものであり、別段の問題はないと組合も了解していたものである。

申請人藤井および同日角の右所為のうち、(イ)の事実は、従業員をせん動し動揺させ、業務秩序をみだし、業務の円滑な運営を阻害する非協力的、破壊的な行為であり、(ロ)の事実は、業務の運営を阻害する非協力行為であり、(ハ)の事実は、企業の公益性に対する自覚を欠き、業務の運営を阻害する行為であり、いずれも本件解雇基準に該当する行為である。

(2) 申請人西川について、

申請人西川は、当時会社京都線運転課桂駅出札係であり、組合京都支部中央委員として組合の専従者であつたが、(イ)、乙第五号証の四二の機関紙「新京阪」の記事中に「西川発」と記載されているように、前記正雀細胞の機関紙に記事を提供するなど、その編集に参加し、これ等のビラを一般従業員に配布し、(ロ)昭和二三年頃、東向日町駅出札係として勤務中、勤務形態について、絶えず駅長に対して恐喝的な言葉で苦情を申し立て、また、常に同駅員をせん動し、同年から昭和二四年にかけて、終始駅長に対し、勤務時間中の同駅在勤者が、組合の会合に出席できるよう便宜を計らないのは、組合に対して非協力的であると、恐喝的な言葉で苦情を申し立て、その都度駅長を困惑させ、(ハ)昭和二四年一二月の越年資金交渉を傍聴中、会社側委員に対し、「殺してしまえ」、「ピストル貸したろか」等脅迫的な言葉でやじを飛ばし、交渉の円滑な進行を妨害し、(ニ)、同月八日午後五時半頃、越年資金問題の交渉の準備をしていた際、赤旗を押し立て、京都線の青年部、婦人部の組合員数十名を先導し、本社三階重役室前に来て、重役会議中の社長および重役に対し、結婚資金の増額問題等について面会するよう強要し、岡野人事部次長等の説得にもばり雑言をあびせて聞き入れず、遂に宮本専務と面会し、(ホ)、昭和二五年五月二日、桂駅構内地下道において、勤務中の女子改札係の申請外勝山操を呼び出し、同人が自己の求婚を拒否したことを恨み、「俺が会社にいる間は貴様の自由を束縛してやる。」と同人を脅迫して殴打し、(ヘ)、同月初旬、会社の勤務形態の変更に際し、右勝山が高槻駅女子電話交換手に応募し、その人事異動が決定されたところ、同女から何等依頼を受けていないのに、富田人事係長に対し、「勝山が断りに来たから取り消してくれ。」電話をかけ、組合中央委員の地位を悪用して人事の異動を妨害し、(ト)、同年六月一七日、職場である桂駅乗務員控室において、「先ず破壊をなし後に建設である。」、「我々労働者は、革命の為には手段を選ぶことは出来ない。」などと公言し、(チ)、労働争議がある場合には必ず正雀駅、桂駅、淡路駅の各乗務員控室に来て、勤務時間中の乗務員に対し、盛んに革命論を弁じて、スト突入へのせん動をし、(リ)、同年七月一四日二三時頃、手拭で鉢巻をしたまま、無断で正雀駅の駅長室に入り、外部に向つて電話をかけた。

申請人西川の右所為のうち、(イ)の事実は、業務の運営を阻害する行為であり、(ロ)の事実は、業務秩序をみだし、業務の運営を阻害する行為であり、(ハ)の事実は、労使間の交渉の円滑な進行を妨害する行為であり、(ニ)の事実は、業務の円滑な運営を阻害し、殊更に「事端を繁くする」行為であり、(ホ)の事実は、業務秩序に脅威を与えるものであり、(ヘ)の事実は、業務秩序を破壊する行為であり、(ト)の事実は、破壊的な言葉で一般従業員をせん動し、業務秩序をみだす行為であり、(チ)の行為は、一般従業員をせん動する行為であり、(リ)の行為は、一般乗客に対してはその品位を落し、上長に対しては著しく礼儀を失し、業務秩序をみだす行為であり、いずれも本件解雇基準に該当する行為である。

3、会社としては、申請人等の右所為に対し、企業を防衛するため、申請人等に対し辞職の勧告をしたが、申請人等がこれに応じなかつたため、止むを得ず本件解雇をしたものであり、右解雇は、正当なものであるから、何等権利の濫用ではない。

4、従つて、本件解雇は、申請人等の信条を理由とする差別取扱いではないから、何等日本国憲法第一四条、労働基準法第三条に違反するものではなく、公序良俗に反するものではない。このことは当時から共産党員であつた訴外溝河勉が本件解雇の対象者とならなかつたことからも明らかである。

5、また、本件解雇は、もとより懲戒解雇ではなく、就業規則第七一条第四号の「やむを得ない業務上の都合によるとき」にあたる場合であるから、懲戒解雇の場合の手続が踏まれなかつたからといつて、何等本件解雇の効力を左右するものではない。

6、本件解雇の理由は、前述のとおりであり、申請人等の正当な組合活動を理由としたものではないから、申請人等が偶々組合の役員であり、最も行動的な組合員であつたとしても、そのことから本件解雇が労働組合法第七条第一号に違反する不当労働行為となるものではない。

7、本件解雇は、わが国内外の情勢に照し、企業防衛のため、本件解雇基準に該当する申請人等を会社より排除するために行われたものであり、企業防衛の本質上労働協約以前の問題であるから、労働協約における手続の問題を検討するまでもなく有効である。ただし、労働協約にいう解雇は、企業の存立を前提として、企業の継続の上に通常予想される解雇を問題とするものであり、企業そのものの破壊をもたらすような言動をする一部従業員、業務の円滑な運営を阻害する非協力者又は事業の公益性に自覚を欠くような者は、企業そのものと両立しない分子であるから、労働協約に定められた手続を踏むことなく排除することができるものと解せられるからである。

8、仮に本件解雇につき、労働協約の適用があつたとしても、本件解雇は、組合の同意の下に行われたものであり、何等労働協約に違反するものではない。

(1) 本件解雇に関する会社と組合との間の協議会の経過については、申請人等の主張事実の外に、さらに次のような事実がある。すなわち、昭和二五年一〇月二一日の第一回協議会において、会社は、前記のとおり、本件解雇の趣旨および基準を明らかにし、組合の協力を求めたところ、組合は、基準該当者の排除方法、人員その他を具体的に説明するよう要求したが、会社は、組合が右趣旨および基準について同意しない限りは、これを説明しても無意味であると答えた。組合は、これを了解して協議に入り、双方間に質疑応答が交わされた後、組合は、「趣旨の方は諒承する」が「基準については白紙」である。但し、不当解雇があつた場合には、断固これを争う旨回答し、右基準該当者の排除方法その他の細目の説明を求めた。そして、その際、「基準については白紙」であるという趣旨は、えん曲に了承の意味である旨の応答があつたので、会社は、解雇の具体的方法および処遇を説明し、これに対する組合の回答は、同月二三日午後三時までにするよう申し入れたものである。次いで、同月二三日の第二回協議会において、組合は、会社が前回の協議会において説明した基準に基いて、該当者に退職を勧告し、所定期限までに勧告に応じない者を解雇することについては、別段異議を述べず、該当者各個人につき、「通告と同時でもいいから名簿をいただきたい。出された名簿について、正式文書として、組合としては御回答申し上げなければならない。」と述べた。そこで、会社は、同月二四日正午に、正式に組合に通告することを約した。越えて、同月二四日の第三回協議会において、会社は、期間内に退職の申し出があれば依願退職の形となるから、その趣旨に沿つて、退職期間中は公表しないことを条件に、基準該当者名簿および本件通告書写を組合に交付したところ、組合は、右条件を受諾してこれを受領したが、各個人の本件解雇基準該当事実については何等触れず、単に、総括的回答を同月三〇日にする旨述べたにすぎなかつた。次いで、同月二七日の第四回協議会において、組合は、会社に対し、各個人の本件解雇基準に該当する事実を開示するよう求めたが、会社は、前回の協議会で了解されたように、個人名は三一日迄公表せず、同日まで基準該当者を無傷にしておこうという段階であり、また、基準該当者が多数あり、一人一人証拠調をすることは何日かかつても結論の得られないおそれもあり、さらに、基準該当者自身は勿論、同僚である組合員もよく判つていることであるから、一人一人について事実を開示することは適当でない。そういう考えの下に、会社は、交渉を進めてきたものであると説明したところ、組合は、これを争わず、「組合は不当の場合は斗うといつた。それが不当解雇であると断定づけられるのは三〇日以後であるから今日の交渉はこれで打切りたい。」と述べて、交渉の打切を申し出たものである。そして、同月三〇日の第五回協議会において、組合は、被解雇者各個人が争うことはあるかも知れないが、組合は、機関の決定により、今後白紙で臨み、争わない旨の最終的回答をしたものである。

(2) 以上の経過において明らかなように、組合は、昭和二五年一〇月二一日から二四日までの三回の協議会において、本件解雇の趣旨を了承し、本件解雇基準については「白紙」という表現によつて、えん曲に同意の意思表示をし、本件基準該当者の認定を会社に一任し、会社が本件通告をすることおよび退職勧告期間までに退職しない者は自動的に解雇となることを了承し、不当解雇に対しては断固争うと述べて、会社が不当解雇をしないよう警告し、個々の該当者の解雇についての同意権を事前に行使することを放棄したものである。申請人等は、労働協約第二五条による「組合の同意」は、基準該当の事由を示し、個々の該当者につき同意を要する旨主張するが、右解釈は誤りである。右条項による場合の同意を求めるための協議方法は、具体的場合に応じて変えられるものであり、本件解雇の場合のように該当者が多数あつて、個人個人について議論していては何日かかつても容易に結論に達しないようなおそれのある場合には、右の程度の協議によつて、会社としては労働協約上の協議義務を尽したものというべきである。

(3) 仮に、組合が不当解雇があつた場合は断固争うと述べたことによつて異議権を留保したものであり、前記のように同意権を放棄したものでなかつたとしても、協議会の経過において明らかなように、組合としては個々の該当者に対する基準該当の具体的事実については強いて開示を求めないまま、あらかじめ、包括的に本件解雇について同意したものである。すなわち、組合としては、あらかじめ、個々の該当者についての同意権を行使しようと思えば、組合の同意のあるまでは各該当者に対する通告書の交付を差控えるよう要求することができたにもかかわらず、本件通告が停止条件附解雇の意思表示であることなどの理由から、通告の事前に、個々の該当者に対する同意権を行使することを避け、同月三〇日午後四時の期限までに辞職届を出さず解雇された者のうち、不当解雇と認められる者につき争うという異議権を留保することによつて包括的に同意権を行使したものである。そして、組合は、同月三〇日の第五回協議会において、会社より同意ととられることを意識しつつ前記のような最終的回答をし、さきに留保した異議権を放棄したものであるから、本件解雇は、組合の同意を受けたものである。

(4) 仮に、本件通告前に前記のような包括的な同意がなかつたとしても、本件通告におけるその点の瑕疵は、組合の第五回協議会における前記の最終的回答によつて、補完されたものというべきである。すなわち、組合と全く協議しない前に通告するとか、組合が全く解雇に反対している場合はともかく、本件解雇のように協議会が開かれ、解雇の趣旨および基準について組合の了解のある場合には、解雇の同意は、必ずしも通告の段階でされなければならないものではなく、解雇の効力の発生するまでに与えられれば足るものというべきである。けだし、労働協約第二五条のいわゆる同意約款は、一つの経営参加条項であつて、使用者の固有する解雇の自由に関して組合に特定の経営参加を認めたものである。従つて、その運用についても、右制度の趣旨に基き、労使間の信義則を基調とし、労使関係の円滑な運営を目的とし、具体的場合に応じて実施されれば足るものである。本件解雇のように、その背後に前記のような連合国最高司令官の命令指示があり、昭和二五年一〇月末までに破壊的、攻撃的活動家を企業から排除するよう指示されている場合には、その労働協約上の協議義務は、右のような同意をもつて尽されているとみるべきである。

(5) 申請人等は、個々の該当者に対する解雇基準該当の具体的事実が明らかにされなかつたから、組合は、各個人について、同意、不同意の判断はできなかつたと主張する。成程、会社は、第四回協議会において、組合より個々の該当者についての具体的事実を示すよう求められた際、これを明らかにしなかつたが、会社としては組合に対し、本件解雇基準と該当者の氏名を明らかにしたものであり、組合にとつて、該当者が解雇基準に該当するか否かは同僚である組合員の職場内外における日常の言動に関する事柄であるから、必ずしも具体的事実を示されなくても判断し得たはずである。実際において、組合は、協議会の全過程を通じて、氏名と解雇基準とを照し合わせて、同意、不同意を判断していたのであるから、右主張は理由がない。また、前記のように組合が、会社の説明に対し、不当解雇があつた場合には争うという最初の方針どおりに交渉を進めることを確認してこれを了承し、会社もまた、後日組合が異議権を行使する際は、具体的事実を明示する旨説明し、双方間に協議の進行方法について了解が成立した場合には、会社が基準該当の具体的事実を示さなかつたからといつて、協議義務に反するものということはできない。

(6) 申請人等は、昭和二五年一〇月三〇日の第五回協議会は、労働協約第九条の規定に反し、定足数を欠くから、右協議会における協議は無効であると主張するが、同条は、単に協議会の組織を定めたものであつて、必ずしも定足数を定めたものではない。しかも、右協議会における組合の総括的回答は、組合の執行委員会および中央委員会の決議を経たものであるが、会社における労使の交渉においては、組合が機関で決定した結論を会社に伝える場合は、単に三役だけが出席するのが慣行である。また、同日の協議会の議事録は、労働協約第一五条に従い、労使双方が確認のうえで「袋閉じ」し、双方の代表者が捺印しており、その席には本件被解雇者の一人である申請外西垣清一郎も出席し、何等異議を述べなかつたものである。従つて、同日の協議には申請人等の主張するような瑕疵はない。

(7) ところで、組合が協議会において、前記のように明りような回答をしなかつたのは、本件解雇基準該当者として通告を受けた右西垣清一郎が、当時組合の副執行委員長として協議会に出席しており、そのうえ、他の該当者も総べて組合員であり、同僚の情誼として右のような態度に出たものである。組合が申請人等に本件解雇基準該当の事実があると認めてその解雇に同意したものであることは、組合が前記最終回答によつて、会社が労働協約上の協議義務を果したものと認め、その後において、かねて設置していた法廷闘争委員会を解散し、現在に至るまで、本件解雇について何等異議を述べなかつたことによつても明らかである。

(8) このように、本件解雇は、組合の同意の下に行われたものであり、何等労働協約に違反するものではない。

9、仮に、組合の第五回協議会における最終的回答が組合の不回答ないし、暗黙の不承認の意思表示であつたとしても、組合としては、実情を調査するなど必要な措置を講じて、不承認の正当な論拠を明示すべきであるにもかかわらず、本件のように、不承認の態度を表明するにすぎない場合は、同意若しくは承認拒絶権の濫用というべきであり、本件解雇が、労働協約に違反し、無効であるということはできない。

四、申請人藤井は、茨木市において、鋸の目立等を業として生活の安定を得ており、昭和二七年一〇月の同市市議会議員補欠選挙に立候補したこともあり、十分の資力を有するものであるから、本件仮処分の必要性がない。

第三、申請人等の反論に対する被申請人の反駁

一、申請人等は、言論、出版の自由は、日本国憲法第二一条によつて保障されている基本的人権であり、「明白且つ現在の危険」が生じている場合に限つて制限されるべきであるが、申請人等による機関紙の配布には、そのような危険が存しないから、右事実は、解雇の正当な事由とはなりえないと主張する。しかしながら、憲法第二一条は、国家の立法にあつて、表現の自由を一般的に制限することがない旨の規定であり、いついかなる場所で、いかなる言論をしても、法的のみならず社会的に絶対に不利益をうけないことまでも保障するものではない。従つて、企業の内部で企業の従業員を対象として出版物を発行し配布する場合は、それが労働条件の向上その他正当な組合活動の目的に役立つ範囲内のものでない限り、当該企業によつて、そうした出版物の発行、配布の責任を問われるのは当然のことである。

二、申請人等の配布した機関紙は、組合の発行するものではなく、これとは別個に独自の観点から編集発行される共産党細胞の機関紙である。しかも、その内容は、組合活動とは関係なく、一般組合員を会社のみならず組合幹部からも離反させ、自らの政治勢力の拡大を図る細胞活動の一環である。そのような機関紙の中に無根の事実を掲載し、これを大量に印刷配布して従業員を煽動したものであるから、会社が右事実をとらえて解雇の事由としたのは正当である。従つて、申請人等の右主張は、理由がない。

第四、疏明の提出ならびに認否〈省略〉

理由

一、申請人等が、いずれも会社の従業員であり、同会社の従業員をもつて組織する組合の組合員であつたこと、会社が昭和二五年一〇月二一日、組合との間に開かれた「解雇に関する協議会」において、組合に対し、申請人等主張のとおり述べて本件解雇基準を示し、本件解雇についての申し入れをしたことおよび会社が同月二四日、申請人等に対し、本件通告をしたことは、当事者間に争がなく、会社が申請人等を解雇したものとして、就労を拒否し、同年一一月分以降の賃金の支払をしないことは、被申請人においてこれを明らかに争わないので自白したものとみなされる。

二、被申請人は、本件解雇は、連合国最高司令官の命令指示に基くものであるが、右命令指示は超憲法的規範であるから、日本国憲法その他の国内諸法令違反の有無を論ずるまでもないと主張し、申請人等は、被申請人の主張するような連合国最高司令官の命令指示はなく、仮に、そのような命令指示があつたとしても、その命令指示は無効であるから、本件解雇は、日本国憲法その他の国内諸法令に基いて、その効力を決せられなければならないと主張する。そこで、先ず、本件解雇に関する法規範について検討する。

(一)  連合国最高司令官が、被申請人の主張するように、昭和二五年五月三日以降数度にわたり声明を発し、また、吉田内閣総理大臣宛に書簡を送つたことおよび右声明、書簡の内容については、当裁判所に顕著な事実である。

(二)  そこで、以下においてその内容を検討するに、先ず、昭和二五年五月三日の声明は、日本共産党が「合法の仮面をかなぐり捨て、それに代つて公然と国際的略奪勢力の手先となり、外国の権力政策、帝国主義的目的および破壊的宣伝を遂行する役割を引受け」、「公然と外国からの支配に屈服し、かつ人心をまどわし、人心を強圧するための虚偽と悪意にみちた煽動的宣伝を広く展開していること」を非難し、「現在日本が急速に解決を迫られている問題は、全世界の他の諸国と同様この反社会的勢力をどのような方法で国内的に処理し、個人の自由の合法的行使を阻害せずに国家の福祉を危くするこうした自由の濫用を阻止するかにある。」、「私はこんご起る事件がこの種の陰険な攻撃の破壊的潜在性に対して公共の福祉を守りとおすために日本において断固たる措置をとる必要を予測させるものであれば日本国民は憲法の尊厳を失墜することなく、英知と沈着と正義とをもつてこれに対することを固く信じて疑わない。」と述べているのであつて、この時期における共産主義運動に対する日本国民の心構えについて警告しているに過ぎないとみるのが相当である。また、同年六月六日付の書簡は、ポツダム宣言において日本政府は、「日本国民の間における民主主義的傾向の強化に対する一切の障害を除去」するよう指示されているが、最近に至つて日本共産党が「真理を歪曲し、大衆の暴力行為を煽動し、この平穏な国を無秩序と闘争の場所に変え、これをもつて代議民主主義の途上における日本の著しい進歩を阻止する手段としようとし、民主主義的傾向を破壊しよう」としていると指摘し、日本共産党の中央委員二四名を追放するよう指令し、同月七日付の書簡は、「真に自由で責任ある新聞の発達を奨励し援助することが」、「連合国の諸政策のうちで最も根本的なものの一」であるとし、共産党の機関紙アカハタが「相当期間に亘つて共産党内部の最も過激な無法分子の代弁者の役割を引受けて来た」ことを指摘し、アカハタの編集責任者一七名の追放を指令し、さらに、同月二六日付の書簡は、同月六日付の書簡の発表後もアカハタがその方針を改めず「真実をわい曲し」、「悪意ある虚偽のせん動的な宣伝を広めるために用いられ」たとして、アカハタの発行を三〇日間停止するよう指令したものである。そして、同年七月一八日付の書簡は、「日本共産党が公然と連繋している国際勢力は民主主義社会における平和の維持と法の支配の尊厳に対して更に陰険な脅威を与えるに至」つた。「かかる情勢下においては日本においてこれを信奉する少数者がかかる目的のため宣伝を播布するため公的報道機関を自由且無制限に使用することは、新聞の自由の概念の悪用であり、これを許すことは公的責任に忠実な日本の報道機関の大部分のものを危険に陥れ、且つ一般国民の福祉を危くするものであることが明らかとなつた。現在自由な世界の諸力を結集しつつある偉大な闘いにおいては総ての分野のものはこれに伴う責任を分担し、かつ、誠実に遂行しなければならない。かかる責任の中、公共的報道機関が担う責任程大きなものはない。」、「現実の諸事件は共産主義者が公共の報道機関を利用して破壊的暴力的綱領を宣伝し、無責任、不法の少数分子を煽動して法に背き秩序を乱し公共の福祉を損わしめる危険が明白なことを警告している。それ故日本において共産主義者が言論の自由を濫用して斯る無秩序への煽動を続ける限り、彼等に公共的報道機関の自由を使用させることは公共の利益のため拒否されねばならない。」として直接にはアカハタおよびその後継紙ならびに同類紙の発行に対し課せられた停刊措置を無期限に継続することを指示すると共に、間接的ではあるが共産主義者の公的報道の自由の使用の拒否を指示しているものと解せられる。しかしながら、右書簡における「現在自由な世界の諸力を結集しつつある偉大な闘においては総ての分野のものはこれに伴う責任を分担し、かつ、誠実に遂行しなければならない。」との文言については、表現が漠然としているため、それが単に後に続く結論を導き出すための一般的な説示とみるか、或いは、報道機関以外の一般重要産業をも含めたものとみるべきかは、疑問の余地がないわけではない。

(三)  しかしながら、いずれも成立に争のない甲第七、第一三号証および乙第六七号証によれば、次のような事実が一応認められる。

1、昭和二五年九月二六日、連合国総司令部経済科学局エーミス労働課長は、私鉄経営者協会および私鉄総連の各代表者を招いて、次のような談話を発表した。

(1) 破壊的共産主義者を追放するという連合国最高司令官の書簡の趣旨に沿つて、企業は、企業を破壊しようとする者を排除して、企業を防衛する使命がある。

(2) 排除の対象となるものは、単に共産党員というだけではなく、その中の「アクテイブ、リーダー」、「アグレツシヴ、トラブルメーカー」ならびにその同調者である。

(3) 右措置に便乗して、企業整備に伴う人員整理をしてはならないし、また、労働組合運動に専心しまたは労働組合の御用組合化に反対した者を整理してはならない。これに反した場合は、連合国総司令部において、その措置を差止めることがある。

(4) この措置の実施は、各企業の経営者の責任において労働組合の協力を得て実施せよ。協力しない組合については協議の必要はない。

(5) この措置は、一〇月中に完了し、排除の完了後その人員、期日等は逐一自分のところへ報告せよ。

(6) この措置は、連合国最高司令官の命令でも、自分の命令でもない。また、単なる勧告でもない。しかし、これは占領政策であるからやらねばならない。最高司令官のサゼツシヨンである。

2  そして、同年一〇月二四日、エーミス労働課長は、再び右私鉄における労使の各代表を招いて、次のように述べた。

(1) 私は、さきに、経営者側および労働組合側の各代表を招いて、いわゆるレツド、パージを実施するについては、経営者側は、あらかじめ、その基準、該当者の数および名前を組合側に示して、個々のケースについて検討し、経営者と組合とが協力して実施するよう勧告しておいたが、経営者側は、右勧告の手続を踏んでいない。正しい手続を踏まずに解雇を行つたならば、連合国総司令部労働課としては、そのような経営者を援助しない。

(2) なお、いわゆるレツド、パージは、共産主義者およびその同調者を全部追放するということではなく、外部から直接指令を受けて活動した、人々を誤り導くような中核体をなす者を排除せよということである。

(3) 該当者が誰かということを一番よく知つているのは、会社と組合とであるから、会社と組合は、私の勧告した手続に従つて、共に協議してきめて欲しい。

そして、以上の一応の認定を覆すに足りる疎明はない(なお、以下においては、右二回のエーミス労働課長の談話を合わせて、単に、エーミス談話という。)。

(四)  最高裁判所が中外製薬事件の決定において、「連合国最高司令官の指示が、ただ単に『公共的報道機関』についてのみなされたものではなく、「その他の重要産業」をも含めてなされたものであることは、当時同司令官から発せられた原審挙示の屡次の声明および書簡の趣旨に徴し明らかであるばかりでなく、そのように解すべきである旨の指示が、当時当裁判所に対しなされたことは、当法廷に顕著な事実である。」と判示したことは、当事者間に争がなく、さらに、同裁判所が北陸鉄道事件の判決において、「エーミス労働課長の談話は、連合国最高司令官の指示についての解釈の表示であつて、そのような解釈の表示も、当時においては、わが国の国家機関および国民に対し、最終的権威を持つていたものと解すべきものであることは、当裁判所の判例の趣旨とするところである。」と判示し、昭和二七年四月二日の大法廷決定および右中外製薬事件の決定を引用していることは、申請人においてこれを明らかに争わないので自白したものとみなされる。

(五)  そこで、果して、最高裁判所が右に判示するように、同裁判所に対し解釈指示があつたかどうかが問題となるが、申請人等は、当時、連合国総司令部の担当者や政府のとつた態度および最高裁判所が中外製薬事件の判決に至るまで、全国の下級裁判所に対して伝達することなく、また、同裁判所自身同種事件の裁判において、こうした解釈指示に触れなかつたことから、そのような解釈指示があつたものとは考えられない。仮に、そのような解釈指示があつたとしても、中外製薬事件の裁判に関与した一四名の最高裁判所裁判官のうち、八名の裁判官は、いずれも講和条約発効の日以降に任命されたものであるから、最高裁判所が右のような解釈指示があつたことを、裁判所に顕著な事実であるということは、訴訟法上許されないことであると主張する。しかしながら、右解釈指示の有無は、法律解釈の問題ではなく、単なる事実問題であるから、最高裁判所が大法廷の裁判を以て、これを同法廷に顕著な事実であると判示し、他にこの点に関する認定を左右するに足りる疎明もない以上、当裁判所としては、最高裁判所を信頼して、そのような事実があつたものと認めざるを得ない。

(六)  そして、最高裁判所に対して、当時、右のような解釈指示のあつた事実が明らかとなつた以上、下級裁判所としても、これを無視することはできないと考えられるから、昭和二五年七月一八日付書簡における前記文言の意味も、そのように解すべきものと考える。

(七)  さらに、前記エーミス談話は、前記一連の声明書簡における連合国最高司令官の意思に合致するものであることは明らかであり、当時の政治的、社会的状況を考え合わせた場合、右談話は、連合国最高司令官の指示と同一視しなければならないものであつたと解するのが相当である。右談話中には、いわゆるレツド、パージの実施は、各企業の経営者の責任において実施すべきであり、これは連合国最高司令官の命令ではないとの文言はあるけれども、右談話が、連合国総司令部の名において招集された席上において行われたものであること、右措置を一〇月中に完了し、完了後その人員、期日等は逐一報告するよう命じていること、右措置に便乗した解雇については、連合国総司令部において差止める旨警告していること、その他談話全体の趣旨から考えた場合、右談話が単に連合国総司令部の政策を述べて、それに順応するよう勧めているにすぎないとみることはできない。

(八)  以上のとおりであるから、前記一連の声明および書簡ならびにエーミス談話を関連するものとして総合して考えると、日本国政府および私鉄を含む一般重要産業の経営者に対し、共産党員又はその同調者から攻撃的、破壊的活動家を排除することおよび右排除にあたつては、企業の経営者は、あらかじめ労働組合に対し、その解雇基準、該当者の数および氏名を示し、その協力を得たうえで実施することの命令指示があつたものと認められる。そして、右命令指示は、当時としては、わが国の国家および国民に対し、最終的権威をもつていたものであるから、日本国憲法その他の国内諸法令および企業内の労働協約、就業規則等は、右命令指示の趣旨に合致するものを除き、その適用を排除されるものと解する。

(九)  申請人等は、右命令指示は、ポツダム宣言その他の占領法規および確立された国際法規に違反するから、無効であると主張する。勿論、連合国最高司令官の権限は、絶対的なものではなく、それがポツダム宣言その他の占領法規に基くものであり、右占領法規に違反することは許されないものであることは当然であるけれども、右命令指示は、該当者をその抱く思想、信条を理由に追放するよう命じたものではなく、攻撃的、破壊的行動のあつた者だけを排除するよう命じたものであるから、ポツダム宣言その他如何なる占領法規や国際法規にも反するものとは考えられない。従つて、申請人等の右主張は理由がない。

三、前示甲第一三号証および乙第六七号証、いずれも成立に争のない甲第一六号証の一および五、乙第一、第四六、第四八、第六〇号証によれば、私鉄経営者協会では、エーミス談話の趣旨を地方の各会員に伝達したが、会社においても右伝達を受けたこと、昭和二五年一〇月二一日の会社と組合との間に行われた本件解雇に関する第一回協議会において、会社側は、本件解雇の趣旨を説明するにあたり、当時の国際情勢および国内情勢を述べ、本件解雇が各種産業において行われている企業防衛の措置の一環として行われるものであることを説明し、さらに、わが国が当時占領下にあり、国家が完全な自主独立の状態にないことを述べていること、私鉄総連では、アカハタの出版禁止に続いて新聞報道等民間重要産業におけるレツド、パージが行われていた当時の情勢から、私鉄においても当然レツド、パージが行われるものと予想して、同年九月中旬に中央委員会を開き、暴力によつて企業の破壊を試みる分子の排除には反対しないが、共産党員であることを理由とする解雇および便乗的解雇に対しては闘うという基本方針を決定し、この基本方針とエーミス談話の趣旨とを傘下の各単位組合に伝達し、大阪地連および組合においても右基本方針を確認していたことが一応認められ、右認定を覆すに足りる疎明はない。そして、右事実に後記会社と組合との間に行われた本件解雇に関する協議会の経過および弁論の全趣旨を総合すれば、本件解雇は、前記連合国最高司令官の命令指示に基いて行われたものと認められる。もつとも、前示乙第一号証によれば、会社は、第一回協議会において、「我々は我々経営者の責任に於て実施すると明確に申しているのであり、連合国総司令官の命令とか、サジエスシヨンとかによつたのではない。」と発言していることが一応認められるけれども、前示認定の諸事実および右発言の行われるに至つた経過を総合して考えた場合、右発言があつたからといつて、本件解雇が右命令指示に基くものではないということはできない。

四、以上のとおり、本件解雇は、連合国最高司令官の命令指示に基くものであり、本件解雇基準もまた、右命令指示の趣旨に沿つて設定されたものと解せられる。そこで、以下において、右解雇基準に該当する事由の有無を検討する。

(一)  申請人藤井および同日角について、

1、申請人藤井および同日角がいずれも日本共産党員であり、同党新京阪正雀細胞の構成員であつたこと、同人等が当時いずれも組合京都運輸支部の職場委員であつたことは、当事者間に争がない。

2、右正雀細胞が機関紙「新京阪」、「斗争資料」を編集し、発行していたことは、当事者間に争がない。そして、いずれも成立に争のない甲第一六号証の一一、一二(但し、いずれも後記措信しない部分を除く。)、乙第五号証の三、四、八ないし一〇、一二、一六、真正に成立したものであることは当裁判所に顕著な乙第五号証の四〇ないし四二、および第二二号証、および弁論の全趣旨を総合すれば、申請人藤井および同日角は、昭和二四年頃から本件解雇に至るまで、京阪神細胞、京阪神細胞集団又は京阪神急行電鉄細胞集団の名の下に、「独裁王小林の魔手『二社分割』に断乎反対せよ!!」、「彼等は荒廃した線路、車輛を見向きもせず労働者の生活を犠牲にすることのみに奔走し、梅田、西宮、宝塚のうまい汁を吸おうと赤い舌を出している!!」、「分離?車輛の荒廃、労働強化、賃下げ、会社の陰謀と斗え!!」、「職場で会社をしめ上げろ!!徹夜でへたり込め!!」、「首を切られるのも労働強化を押しつけられるのも安い賃金でこき使われるのも皆我々の組合員だ。しかもそれを強行しようとする政策が『日本の植民地化』を『日本の軍事基地化』を狙つているのだ。」、「基準外拒否斗争はまさにこの京阪神の軍事基地化、植民地化に反対して斗う英雄的な斗いである。」などと記載されたビラを、職場、事業場内で一般従業員に配布し、さらに、「『キオツケ右へならへ』式の教育はもういやです――運転技術審査会競技会反対斗争」、「俺達を会社の都合の良いように教育し、しばりつけ、斗争意ヨクをニブラシ首切で七%の要求を押えつけ、俺達をもう一度昔の様な働くだけの動物にするための手段なのだ!!」、「会社の奸策はこうだ!、合理化案を厳重監視せよ。」、「馘を切られるのも労働強化を押しつけられるのも安い賃金でコキ使われるのもみな我々組合員だ。しかもそれを強行しようとする政策が日本の植民地化をネラツテ居る。」、「これは俺達の血と汗の油であげた天ぷらだ。」、「会社のインバウははつきりした!諸君こうなれば七%は俺達自身の犠牲がないかぎり金は出ない。此れ以上の交渉を進める事はむだだ。強力な実力行動以外に何ものもない。」などと記載された前記「新京阪」、「斗争資料」又は新京阪細胞名義のビラを職場、事業場内で一般従業員に配布したことが一応認められる。右事実は、申請人等無根の事実をねつ造して、会社の施策方針を曲解ひぼうし、従業員をせん動して問題の平和的解決を阻害し、社内問題を殊更に政治問題と結合させ、会社の上長、職制の人格を中傷するものであると認めるべきである。

3、前示甲第一六号証の一一、一二(但し、いずれも後記措信しない部分を除く。)、成立に争のない乙第六四号証および真正に成立したものであることは当裁判所に顕著な乙第二六ないし第二八号証を総合すれば、会社は、京都線において、昭和二四年一〇月一五日から、車掌の車内告知用語の改正を実施したが、これは、従来駅名だけを呼んでいたのを、その後に「ございます。」とつける些細なことで、神戸線、宝塚線では既に実施していたものであること、申請人藤井は、申請人日角等と謀り、盛んに現場に働きかけて右改正に対する反対運動を起し、同月二二日、正雀乗務員寝室において、改正反対の職場大会を開き、会社の紀戸列車係長の説明を聞き入れず、右改正につき会社があらかじめ車掌の了解を得ず一方的に業務命令を出したことおよび右改正が労働強化となることを理由に反対したこと、そこで、紀戸係長は、一般乗務員を説得し、同月二八日正雀、同月二九日桂においてそれぞれ乗務員懇談会を開き、組合支部役員も出席のうえで説明した結果、多数決により右改正の実施を決議し、ようやく同年一一月三日より実施することができたこと、申請人藤井および同日角等の右反対運動は、組合の機関の決定に基くものではなかつたことが一応認められる。

4、組合の支部執行部が、被申請人主張の運転技術審査会の実施について了解していたことは、当事者間に争がない。そして、前示甲第一六号証の一一、一二(但し、いずれも後記措信しない部分を除く。)、乙第五号証の九、第二六ないし第二八号証、第六四号証、真正に成立したものであることは当裁判所に顕著な乙第二九号証を総合すれば、昭和二五年一月、会社は、運転事故の防止等の目的から、運転技術審査会を実施することとし、組合の希望に基いて運転士懇談会の開催を決め、その日程を正雀および桂の各乗務員休憩所に掲示したこと、ところが、申請人日角は、同藤井および申請外川谷正義等日本共産党に所属する従業員と謀り、会社側の右懇談会と同日時同場所で右審査会の反対職場大会を開催することとし、前記会社側の掲示と並べて職場大会開催の掲示および「斗い団結あるのみ。審査より先に食べる賃金獲得が先決だ。全員職場大会で発言せよ。食べる賃金もくれないのになぜ審査をするのだ。疲労の身体で審査等出来るか。車掌告知の二の舞をするなMC団結して斗おうではないか。」と記載したビラを貼り、さらに、前記認定のように審査会の実施に関して会社の施策方針を曲解ひぼうし、不平不満をあおり立てる記事の記載された新京阪細胞名義のビラを一般従業員に配布したこと、紀戸列車係長は、右職場大会によつて運転士懇談会が妨害されることをおそれ、申請人日角に対し、このままでは運転士が困るから、職場大会の時間か日を変更してはどうか、それがいやなら運転士懇談会の方を変えようかと申し入れたが、申請人日角は「その必要はない。」、「予定の行動であるからそれでよい。」と言つて応じなかつたこと。そして、同年二月一〇日、正雀における第一回懇談会において、申請人日角は、積極的に審査会の実施に反対する発言をし、組合が下部の声を聞かなかつたことを非難し、個人としては審査会の実施には問題はないと述べた組合の藤田支部長の発言をとらえて、「支部長個人の意見であるから賛成しなくてもよいぞ。」と述べ、共産党に属する他の従業員と共に、大部分の運転士が賛成意見に傾くのを妨げ、同第二回懇談会において、申請人藤井は、「七―九賃金と審査会とどちらが大事か、審査会どころではない。」と発言し、共産党に属する他の従業員と共に、会社側の審査会に対する説明を妨害したこと、申請人日角および同藤井等の右反対運動によつて、組合の支部職場委員会においては前記組合の支部執行部の実施に対する了解は、否認されたが、同月二〇日行われた支部の臨時大会において、八七対一一の多数決で実施賛成と決定し、組合の支部執行委員のとつた態度は支持されたこと、元来、会社としては、右審査会を業務命令として全員に実施する方針であつたが、組合の意見を容れて、参加は希望者だけとし、従来優秀な成績をあげた者のみに贈つていた賞金を参加者全員に分配することにしたものであり、時期的に乗客の少い二月に実施する方針であつたこと、申請人日角および同藤井は、車掌であるにもかかわらず、運転士の問題である審査会に反対したものであり、同人等の右反対により、神戸線および宝塚線においては二月中旬より実施されたにもかかわらず、京都線においては三月中旬まで実施が遅れたことが認められる。

5、前示甲第一六号証の一一、一二および成立に争のない同号証の一三のうち、以上の各一応の認定に反する部分は信用できないし、他に右認定を覆すに足りる疎明はない。そして、申請人藤井および同日角の右所為のうち、2の事実は、一般従業員をせん動し、業務秩序をみだし、業務の運営を阻害する非協力的な行為であり、3の事実は、業務の運営を阻害する非協力的な行為であり、4の事実は、企業の公益性に対する自覚を欠き、業務の運営を阻害する行為であり、いずれも本件解雇基準に該当する行為であると認められる。

6、申請人等は、車掌の車内告知用語の改正反対および運転技術審査会に対する反対は、いずれも正当な組合活動であるから、本件解雇基準に該当するものではなく、右事実に関する被申請人の主張は、失当であると主張するが、前者については、些細な事実をとらえて、本来会社の業務命令に属する事項に反対するものであり、しかも、何等組合の機関の決議に基くものではなかつたのであり、また、後者については、運転事故防止の目的から実施されるのであつて、組合においても問題がないと了解していたことであり、いずれも正当な組合活動であつたとは認められないから、右主張は理由がない。

(二)  申請人西川について、

1、申請人西川が当時日本共産党に所属していたことは、当事者間に争がない。

2、申請人西川が前記正雀細胞の機関紙「新京阪」(乙第五号証の四二)に「西川発」と記載されている記事の原稿を送つたことは、当事者間に争がない。そして、右事実に、成立に争のない甲第一六号証の一〇および弁論の全趣旨を総合すれば、申請人西川は、前示認定のような細胞機関紙、ビラ等の配布に関与したことが一応認められる。

3、前示甲第一六号証の一〇(但し、後記措信しない部分を除く。)および真正に成立したものであることは当裁判所に顕著な乙第三〇号証によれば、申請人西川は、昭和二三年頃、東向日町駅に出札係として勤務していた当時、本来駅長の権限外の事項である勤務時間の問題について、絶えず駅長に対し脅すような言葉で苦情を申し立て、また、常に同駅員をせん動し、同年から昭和二四年にかけて、勤務時間中の同駅在勤者が、組合の会合に出席できるよう便宜を計らないのは、組合に対する非協力者であると脅すような言葉で、その都度同駅長に抗議を申し立て、同駅長が職制の命令がない以上不可能であると説明したにもかかわらずこれを聞き入れず、同駅長を困惑させたことが一応認められる。

4、真正に成立したものであることは当裁判所に顕著な乙第三一号証によれば、申請人西川は、昭和二四年一二月一三日、折柄会社四階の会議室において開催されていた、会社と組合との間の越年資金交渉を傍聴中、社長の発言に対し、「殺してしまえ。」とか「ピストル貸したろか。」等と極端に乱暴な言葉でやじを飛ばし、交渉の円滑な進行を妨害したことが一応認められる。

5、申請人西川が結婚資金の増額問題等について、会社に対して交渉を求めたことは、当事者間に争がない。そして、真正に成立したものであることは当裁判所に顕著な乙第一四号証および第一五号証の一、二によれば、昭和二四年一二月八日午後五時半頃、前記越年資金交渉の協議会の開催時間を間近にひかえ、会社側が重役会議を開いていたところ、申請人西川は、京都線の青年部、婦人部の組合員数十名の先頭に立ち、赤旗を持つて「ワツシヨ、ワツシヨ」と掛声を掛けながら、会社三階の重役室前につめかけ、「結婚資金増額要求の回答を聞きに来たから社長に会わせてくれ。」、「この席で回答を聞かして貰わないと帰れぬ。」等と言つて、会社重役に面会を要求したこと、そこで、会社の人事部次長岡野祐および同柴谷貞雄等が、「組合全体の問題だから、組合本部から正式に来られたのなら兎も角、支部の青年部、婦人部が本部を抜きにして直接来られるのは筋が違うと思う。それにしても、只今は、本日の越年資金の回答に関する重役会が開かれており、既に越年資金に関する経営協議会の開会時刻も迫つているので、早く重役会を済ます必要もあり、当面の紛議以外の結婚資金増額要求問題の回答は、何れ日を改めて正式に本部から来て欲しい。」と説得したが、申請人西川等は、これに応じようとせず押問答を続け、組合員等も騒然として来たため、宮本専務が重役会を一時中断して面会したことが一応認められる。

6、真正に成立したものであることは当裁判所に顕著な乙第三二号証および第三四号証によれば、昭和二五年四月末頃、会社では、駅員の異動を計画し、高槻市詰女子電話交換手を募集したところ、当時桂駅改札係であつた申請外勝山操がこれに応募したので、同女の転職を内定したこと、ところが、申請人西川は、同年五月初め頃、右勝山から何等依頼を受けていないのに、会社の富田人事係長に対し、電話を以て、勝山は前に女子交換手を希望したが、本人が断ると言つて来たから取消して欲しい旨申し出たこと、桂駅長の平田正一は、そのことに不審を抱き、右勝山に事情をただしたことから、申請人西川が虚構の電話を以て右人事異動を妨害したものであることが判明し、右勝山は電話交換手に採用されたことが認められる。

7、真正に成立したものであることは当裁判所に顕著な乙第三五号証および第三六号証によれば、申請人西川は、昭和二五年六月一七日午後九時から一一時までの間、桂駅乗務員休憩所において、運転士福山佐一等乗務員に対し、「先ず破壊をなし、後に建設である」、「われわれ労働者は、革命のためには手段を問うことは出来ない。」等と述べ、盛んに革命論を説いたことが一応認められる。

8、前示乙第三五号証によれば、申請人西川は、組合が何か闘争をする場合には、必ず、正雀、桂或いは淡路の乗務員休憩所に来て、盛んに革命論を説き、一般従業員をせん動していたことが一応認められる。

9、成立に争のない乙第六三号証および真正に成立したものであることは当裁判所に顕著な乙第三七号証によれば、申請人西川は、昭和二五年七月一四日二三時頃、手拭で鉢巻をしたままの服装で、正雀駅の駅長室に入り、組合支部へ電話をかけたことが一応認められる。

10、前示甲第一六号証の一〇のうち、以上の各認定に反する部分は信用できないし、他に右認定を覆すに足りる疎明はない。そして、申請人西川の右所属のうち、2の事実は、一般従業員をせん動し、業務の運営を阻害する行為であり、3の事実は、一般従業員をせん動し、業務秩序をみだし、業務の運営を阻害する行為であり、4の事実は、業務の運営を阻害する行為であり、5の事実は、業務の運営を阻害し、殊更に「事端を繁くする」行為であり、6の事実は、業務秩序を破壊する行為であり、7の事実は、破壊的な言葉で一般従業員をせん動する行為であり、8の事実は一般従業員をせん動する行為であり、9の事実は、一般乗客に対してはその品位を落し、上長に対しては著しく礼儀を失し、業務秩序をみだす行為であり、いずれも本件解雇基準に該当する行為であると認められる。なお被申請人は、右認定の諸事実の外に、申請人西川が前記勝山操に対して加えた暴行、脅迫の事実をあげて、本件解雇基準に該当する旨主張するけれども、右所為は、何ら会社に対する攻撃的、破壊的行為ではなく、右解雇基準に該当するものとは考えられないから、事実の存否を判断するまでもなく、右主張は失当である。

11、申請人西川は、3、5、7および8の各事実は、いずれも正当な組合活動であり、4、6および9の各事実は、いずれも業務の通常過程においてあらわれたところの好ましくない行為であり、単なる懲戒事由に該当する行為であるから、いずれも本件解雇基準に該当するものではなく、右事実に関する被申請人の主張は失当であると主張するが、3の事実は、本来駅長の権限外の行為を強要する行為であり、5の事実は組合の正式の機関を経ることなく、緊急の用務を抱えている会社重役に面会を強要する行為であり、7および8の行為は、いずれも暴力的革命論を説いたものであり、到底正当な組合活動であつたとは認められない。また、4、6および9の事実がそれぞれ会社に対する攻撃的、破壊的行為であることは前示一応の認定のとおりであるから、右主張は理由がない。

五、前記のとおり、本件解雇に関する法規範として、当時、連合国最高司令官の命令指示があり、日本国憲法その他の国内諸法令および企業内の労働協約、就業規則等は、右命令指示の趣旨に合致するものを除きその適用を排除されるものと解され、申請人等が本件解雇を無効とする事由のうち、憲法第一四条、労働基準法第三条違反による公序良俗違反の主張、就業規則違反の主張、解雇の正当事由を欠くとの主張、不当労働行為の主張および権利濫用の主張は、いずれもその判断を要しないこととなる。しかしながら、右命令指示は、いわゆるレツドパージにあたつては、企業の経営者は、あらかじめ労働組合に対し、その解雇基準、該当者の数および氏名を示し、その協力を得たうえで実施するよう指示しており、その趣旨に沿う範囲内において、会社と組合との間の労働協約第二五条は、その適用を排除されないものと解せられるところ、申請人等は、本件解雇につき同条項に基く組合の同意を欠く旨主張するので、この点を検討する。

(一)  右労働協約第二五条には、「会社は、組合員を解雇するには、第二章の手続に従い組合の同意を得て、これを行う。」と定められており、同協約第二章においては、第八条に「次の諸事項の実施については、予め協議会を開いて、協議決定をしなければならない。」として「組合員の解雇(懲戒による解雇、依願解雇、停年を除く)」があげられており、第九条には、「協議会は、会社と組合各々十名の委員をもつて組織する。」と定められ、さらに、第一二条には、「協議会の議事につき協議を成立させるには、会社と組合と意見が一致することを要する。」と定められていることは、被申請人においてこれを明らかに争わないので自白したものとみなされる。

(二)  本件解雇に関する組合と会社との間の協議会の経過として、次の事実は、当事者間に争がない。

1、昭和二五年一〇月二一日の第一回協議会において、会社は、前記のとおり本件解雇の趣旨および基準を明らかにし、組合より趣旨については了解するが、基準については白紙であるとの回答があり、さらに、会社より整理の具体的方法および処遇についての会社案が示された。

2、同月二三日の第二回協議会において、組合は、被解雇者に対する退職金の額について不同意であるから、この点について再考を求めると述べ、会社は、該当者が三二名であることを明らかにし、組合の要求により、同月二四日、該当者の氏名を組合に通告する旨約した。

3、同月二四日の第三回協議会において、会社は、該当者全員の名簿を組合に示し、組合は、同月三〇日までに回答する旨述べた。

4、同月二七日の第四回協議会において、組合は、会社に対し、該当者に対する具体的な基準該当事実を、個別的に明示するよう強硬に要求したが、会社は、これを拒否した。

5、同月三〇日の第五回協議会において、組合は、「今回の会社の措置に対しては白紙でゆく。」、「組合としては争わない。」との最終的回答をし、組合と会社との交渉は打切られた。

そして、前示甲第一六号証の一および六、乙第一、第四六、第八、第六〇号証ならびにいずれも成立に争のない甲第一七号証および乙第四七号証によれば、協議会の経過として、右事実の外に次の事実が一応認められ、この一応の認定を覆すに足りる疎明はない。

1、第一回協議会において、会社は、本件解雇の趣旨および基準の説明に引続いて解雇の具体的方法を説明をするよう組合より求められたが、組合が右趣旨および基準について同意しない限りは、これを説明しても無意味であると答えた。これに対して、組合は、「趣旨の方は諒解する」が「基準については」白紙である。但し、不当解雇があつた場合には断固これを争う旨回答し、次の協議に入ることを促した。そこで、会社は、退職勧告を受けた者のうち、一〇月三〇日の期限までに依願退職の手続をとらない者は、解雇となること、該当者数は、三二名か三三名であることその他退職金の額やその支給について説明した。

2、第二回協議会において、会社が同月二四日正午すぎまでに、各該当者宛に本件通告をする旨明らかにしたところ、組合は、「通告と同時でもいいから名簿をいただきたい。出された名簿について、正式文書として、組合としては御回答申し上げなければならない。」と述べた。そこで、会社は、二四日正午に該当者氏名を組合に通告する旨約した。

3、第三回協議会において、会社は、基準該当者名簿および本件通告書写を組合に交付する際、期間内に退職の申し出があれば依願退職の形となるから、その趣旨に沿つて、退職期間中は公表しないよう条件をつけたところ、組合は、右条件を受諾して、右名簿等を受領した。

4、第四回協議会において、組合が該当者に対する具体的基準該当事実を明らかにするよう求めたのに対し、会社は、該当者の数が多数であり、各個人について千差万別の事実を挙げて証拠調を行うことは、事実上不可能なことであり、また、具体的事実は、会社よりも同僚である組合員の間においてこそよりよく判つているはずであり、更に、現在はまだ退職を勧告している段階であつて、具体的事実を挙げない方が本人を傷つけないですむから、今具体的事実を発表するのは適当でないと答えた。組合は、繰返し執拗に具体的事実を明らかにするよう求めたが、会社がこれを拒絶したので、最後に、「組合は不当の場合は闘うといつた。それが不当解雇であると断定づけられるのは三〇日以後であるから、今日の交渉はこれで打切りたい。」と述べて、その日の交渉を打切つた。

5、第五回協議会は、昭和二五年一〇月三〇日午後三時、会社側より宮本専務等四名、組合側より林下執行委員長ら三名が出席して開催されたが、組合は、「機関で討議した結果、今回の会社の措置に対しては白紙で行くことになつた。従つて、個々の通告者が他の機関で争うことがあるかも知れないが、組合としては争わない。」と回答した。

(三)  既に一応認定したように、私鉄総連においては、暴力によつて企業の破壊を試みる分子の排除には反対しないが、共産党員であることを理由とする解雇および便乗的解雇に対しては闘うという基本方針を決定し、この基本方針とエーミス談話の趣旨とを傘下の各単位組合に伝達し、大阪地連においても右基本方針を確認していたものであるが、前示甲第一六号証の一および六ならびに乙第四六号証および第四八号証に前記協議会における交渉の経過を考え合わせると、組合としても、上部団体である私鉄総連の右基本方針に従つて、右協議会に臨んだものであり、協議会の冒頭において会社より説明のあつた本件解雇の趣旨および基準については積極的に反対しないが、個々的に不当解雇があつた場合は断固これを闘うという異議権留保の形式で協議を進め、会社がその認定に基いて該当者に対し本件通告を出すことについても、事実上承諾を与えたものであることが一応認められ、右一応の認定を覆すに足りる疎明はない。

(四)  ところで、前記のとおり、会社は、第三回協議会において、該当者個人の氏名を発表したが、第四回協議会において、組合より各個人に対する具体的基準該当事実を明らかにするよう求められたにもかかわらず、これを拒絶し、右協議の全過程を通じて右事実を明らかにしなかつた。申請人等は、この点に関し、前記労働協約第二五条における同意約款は、単に解雇基準についての同意に止まらず、個々の対象者の解雇についての同意をも要するものであるが、会社は、本件通告の前は勿論のこと、協議会の全過程を通じて被解雇者に対する具体的基準該当事実を示さなかつたのであるから、組合としては同意不同意の判断ができなかつたものであり、本件解雇は、右同意約款に違反し無効である。仮に、組合が個々の被解雇者に対する同意のないまま、あらかじめ、包括的に、本件通告を出すことを了承していたとしても、そのことによつて、いわゆる労働協約における規範的部分である右同意約款の内容が変更されるものではないから、右のような解雇を有効にするものではない。また、仮に、第五回協議会における組合の「白紙」の回答によつて、個々の被解雇者に対する解雇についての組合の同意があつたとしても、右協議会は、協議会の構成について規定する前記労働協約第九条に違反してなされたものであるから、右意思表示は無効であると主張する。そこでこの点を検討する。

1、労働協約第二五条における同意約款が、単に解雇基準についての同意に止まらず、個々の対象者の解雇についての同意をも要するものであることは、規定の文言上明らかであるばかりでなく、前示甲第一七号証によれば、会社においてもそのように解していたものであることがうかがわれる。従つて、右条項の運用にあたつては、会社側より各個人につき或程度の具体的事由を示して組合の同意を求めなければならないことは当然であるけれども、このことから直ちに、解雇の同意は、各個人についての具体的事由が解雇基準を充足することを認めたうえでされなければ、右同意約款にいわゆる同意にはならないというように厳格に解すべきではなく、組合が場合により強いて直ちに個々の被解雇者に対する具体的事実の開示を求めず、若し、後日解雇基準に該当する事由のない者が不当に解雇せられるようなことがあつた場合には、これを同意せず断固争う旨の留保をして、あらかじめ、包括的に同意することもまた右同意約款における同意であると解せられる。しかも、本件通告のように辞職の勧告と共に停止条件附解雇の意思表示がされている場合においては、依願退職者については、何等組合の同意は必要がないのであるから、組合の同意は、必ずしも通告より前にされる必要はなく、解雇の効力の発生する時期までにされれば足るものと解する。

2、本件においては、前示一応の認定のとおり会社によつて本件解雇基準および該当者の氏名が明らかにされた以上、組合としては、該当者が右解雇基準に該当するものであるかどうかは、同僚である組合員の職場内外における日常の言動に関する事柄であり、必ずしも具体的事実が示されなくても判断しえたはずであり、個々の該当者の解雇について同意、不同意の意見を述べることが不可能であるとか著しく困難であつたものとは考えられない。しかも、前示一応認定のとおり本件解雇は、連合国最高司令官の命令指示に基くものであり、本件措置を一〇月中に完了するよう指示されていたものであるが、会社は、組合に対し、本件解雇基準、該当者の氏名、退職金の額およびその支払方法などを示して、依願退職についての協議および解雇についての同意を求めていたものであり、協議の方法としては組合に不可能なことを強いるものではないばかりか、会社が具体的事実を示さなかつたのは、前示認定のように多数の該当者について千差万別の事実をあげて証拠調を行うことは事実上不可能なことであり、具体的な事実については、会社よりも同僚である組合員の間にこそよく判つているはずのことであり、さらに、当時該当者に対して退職を勧告している段階であつて、具体的事実を挙げない方が本人を傷つけないですむという考慮に基くものであることがうかがわれるから、会社の右協議の方法が、労使間における信義則に反するものとは考えられない。

3、ところで、前記のとおり第五回協議会において、組合は、会社に対し、「今回の会社の措置に対しては白紙でゆく。」、「組合としては争わない。」との最終的回答をしたのであるが、右回答の文言上は同意とも不同意とも明示されていないけれども、「組合としては争わない。」との表現は、少くとも不同意でなかつたことを示しており、右回答の文理解釈上からも、むしろ暗に同意を表明していると読みとる方が自然であるばかりでなく、さらに、前示甲第一六号証の五および乙第四六ないし第四八号証によれば、組合としては、右回答が同意の意味にとられるであろうことを意識しながら回答したこと、当時組合の中央委員のうちにも、組合の副執行委員長で右協議会の委員であつた申請外西垣清一郎をはじめ相当多数の該当者がおり、その者たちへの情誼からも明示の同意をしかねる情況にあつたこと、しかも、組合としては、本件解雇について会社が労働協約上の正当な手続を踏んだものと判断し、かねて組合内に設置してあつた法廷闘争委員会を解散し、その後今日まで何等異議を申し立てなかつたことが一応認められ、右事実に前記協議会の経過および方法を総合して考えると、組合は、右最終的回答によつて、それまで留保していた異議権を放棄し、本件解雇に対する同意の意思表示をしたものであると認められる。成立に争のない甲第一六号証の三のうち右認定に反する部分は信用できないし、他に右一応の認定を覆すに足りる疎明はない。

4、なお、第五回協議会の出席者が会社側四名、組合側三名であつたことは、前示認定のとおりであるけれども、前記労働協約第九条の規定は、単に協議会の組織を定めたものであつて、必ずしも、その議決の要件を定めたものであるとは解せられないばかりか、前示一応の認定のとおり右協議会において組合は、機関の決定に基く回答をしたにすぎないのであるから、右回答が労働協約に違反し、無効であるということはできない。

5、このように、本件解雇は、労働協約第二五条における「組合の同意」を得て行われたものであるから、申請人等の主張は理由がない。

六、以上のとおり、申請人等にはいずれも本件解雇基準に該当する具体的事実があり、しかも労働協約における組合の同意を得て行われたものであるから、本件解雇は有効である。従つて、本件解雇が無効であることを前提とする申請人等の本件仮処分の申請は、その余の主張について判断するまでもなく、被保全権利を欠き失当である。

よつて、先に申請人等の申請を容れた主文掲記の仮処分は、これを取り消し、本件仮処分申請は、これを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言について同法第七五六条ノ二、第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡野幸之助 岩川清 大須賀欣一)

(別表)

(一) 申請人 藤井弥三夫

(1) 昭和二四年四月から昭和二五年一月まで、

中央委員兼新京阪運輸支部調査部長(専従)。

(2) 昭和二五年一月から同年一〇月まで、

京都運輸支部職場委員兼正雀乗務員班長。

(二) 申請人 西川学

(1) 昭和二二年三月から同年七月まで、

職場委員。

(2) 昭和二二年八月から同年九月まで、

青年部調査部副部長(専従)。

(3) 昭和二二年八月から昭和二三年三月まで、

職場委員。

(4) 昭和二三年八月から昭和二四年三月まで、

中央委員兼青年部副部長(専従)、

(5) 昭和二四年四月から昭和二五年一月まで、

新京阪運輸支部組織部長兼職場委員(専従)。

(6) 昭和二五年一月から昭和二六年三月まで、

中央委員、京都運輸支部執行委員(専従)。

(三) 申請人 日角八十治

昭和二五年一月から同年五月まで、

京都運輸支部職場委員。

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